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唐津街

「唐津さるき」ブログにご訪問いただきありがとうございます。
気ままに唐津の今昔について、画像を交えて綴っています。お付き合いいただければ嬉しく思います。
夏雲と唐津城8月
                                                            8月:夏雲と夕暮れの唐津城


唐津藩は肥前名護屋に近く朝鮮とのかかわりが色濃い歴史の流れがあります。藩主家だけでも、豊臣秀吉に重用された寺沢広高から始まり、小笠原家まで6代入れ替わり唐津市民の祖先もかなりの人種が雑多に入り組んで文化形成がなされてきたと思われます。この点は同じ佐賀県でも鍋島家1代で栄えた佐賀藩とはかなり文化の違いを今でも感じるところがあります。唐津藩藩主で日本史の教科書に出てくるのは5代目の水野家藩主水野忠邦くらいしか記憶にありません。学んだ時も筆者は忠邦が天保の改革を行ったくらいしか知識がなく地元唐津藩主だったとは知りませんでした。
2018年4月から文献などを読みながらポチポチやっていきます。

テーマ : 九州のんびり旅情報
ジャンル : 地域情報

松原小路

また台風が来そうですが、被害もなくそこそこ涼しくなることを願っています。
小路シリーズ今回松原小路を歩きました。
松原小路柱1

松原小路通り1
もともと思っていた松原小路


松原という名称の由来や古地図の場所など調べましたがあまりわかりませんでした、子供のころからの通りのイメージは今のアスカホテルがある市民会館の裏側の通りだけだと思っていました。

歩いてみると唐津神社西側の南北の通りにも石柱が立っています。つまりクランク状でつながっています。
クランク状のところは、公民館(2代前の図書館)→曳山会館と変遷していますのでその間に変化したのかもしれません。

松原小路柱2

松原小路通り2
この通りも松原小路だそうです

えびす湯

唐津の大石町のえびすさんや藤井病院の近くに「えびす湯」という銭湯があります。

恵比寿湯1

聞くところによると今の店主さんがおばあちゃんから引き継いだのが50年位前とのことその前は不明で創業何年目か詳細不明のようです。 また佐賀県でいわゆる温泉とかスーパー銭湯でなく町場の銭湯として現存するのはここだけだそうです。
頑張って営業されていることに頭が下がります。恵比寿湯2

明神横小路

台風15号も通過して、結果良いお湿りとなり、お盆も終わり普段の唐津が戻ってきました。
今日は、大名小路にT字型にクロスする「明神横小路」ですが唐津神社(唐津大明神)から東西方向に伸びる小路ということで名前の由来があるようです。現在も神社から東側は一方通行で静寂な住宅街の雰囲気です。

明神小路石柱


明神横小路通り


明神横小路中間石柱

明神の由来については、奈良時代(755年)に海の守り神として松浦党の神田五郎宗次を祀り奏上して唐津大明神の称号を賜ったとされているのが有力説だそうです。

唐津藩藩校中門

唐津神社の北側に「唐津藩藩校中門」があります。
1801年(享和元年)に水野藩の藩校の中門として建造され市内を転々と移設を経てゆかりの地近くでたたずんでいます。
数少ない唐津藩時代から残る建造物として、昭和45年に市の指定重要文化財に指定されたそうです。

藩校中門

鬼瓦の表側には小笠原家の家紋、裏側には水野家の家紋が入っているとのこと、代替わりの激しい唐津藩を象徴しています。

唐津藩学校中門

小笠原藩の時は藩校の志道館の中門となったそうで、すぐそばの大志小学校も一代前は志道小学校と言ってました。

藩校中門説明看板

酷暑とはいえ

まだまだ酷暑で、真昼には出歩く気にはなれませんが、夕方からはできるだけ歩くように心がけています。
お城から西の浜を昨夕歩いてますと、夏の中にもほんの少し秋の海風を感じました。
早く秋が来てほしい、その気持ちがそう感じさせるのかもしれませんが、海辺の町は夏の海風にホッとします。
「海街Diary」の映画をふと思い出しました、鎌倉と違って閑散静寂ですが。夕闇西の浜


昭和バス唐津城
唐津城もこころなしか少しの秋を感じました

大名小路その2

大名小路2本目の筋ですが、個人的にはこちらが本筋だと思うのですが、二の門から大手口方向へ南北に通る道で道中には綿屋旅館やまいづる本店東入口があります。
大名小路綿屋近辺
通りから二の門方向を見る


耐恒寮跡地
それと当初の耐恒寮はこの小路にあったようで、このことからも唐津藩の家臣住居の中心であったことがうかがえます。


大名小路1
曽禰達蔵の生家に同様の大名小路の石柱があります。曽禰達蔵については、20年くらい前に某不動産会社の客先から唐津の出身として話題になり詳しく知らなくて恥ずかしい思いをしました。

大名小路その1

唐津の城内の小路には、唐津藩時代の呼び名の小さい石柱が埋めてあります。子供時代はあった記憶がないと思ってましたが
大名小路の石柱の裏に昭和58年にライオンズクラブが作成したとのことです。(下記写真による)

標石説明

それで大名小路は2筋にこの石柱が埋めてあります。1つ目の筋が保利病院や百花園さんがある通り。この筋は古地図には大手小路との表現もあります、どちらが正かわかりません。

大名小路石票

この通り界隈は三の丸と呼ばれ中堅武士の多くが居住していたとのことです。

二つ目の通りは次回に続きます。

幕末維新博覧会 唐津サテライト館

佐賀県内で明治150年を記念して肥前佐賀幕末維新博覧会が開催されています。江戸末期となると佐賀藩と唐津藩では外様と譜代系列大名ということで、なかなかくくりがムズイですが唐津では旧唐津銀行にてサテライト館に展示がありまして、見てきました。テーマは大きく3つに分けられ①耐恒寮と建築②旧唐津藩③石炭 この石炭高取邸に絡んでしか知られていませんが幕末の唐津藩の収入の約1/4にあたるそうで薩摩や長州からも買い付けに来たようです。



幕末1
唐津サテライト館 内部展示

幕末2


幕末3

西の浜唐津湾いかだ大会

真夏の日曜日、海水浴も今日がピークと思い、酷暑の13時前に西の浜に行ってみました。
すると「唐津湾いかだ大会」の実況放送が聞こえてきました。あれ確か「唐津湾いかだ大会」は7月末の日曜日ではなかったか?
どうも順延で1週間延期開催で、賑わっていました。

いかだ表紙

いかだ1

今年は19挺が参加、12時スタートで13時前に全挺がゴールイン、救護挺のの出動もなく1時間以内で全挺ゴールは、早い新記録のようです。風向きが良かったのでしょうか、最後のほうだけ見物できました。酷暑の中おつかれ様でした。

いかだ1
プロフィール

ヨシ

Author:ヨシ
唐津の街歩きの何気ない日常写真をちょっとコメントを入れて
掲載しています。

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