唐津街

「唐津さるき」ブログにご訪問いただきありがとうございます。
気ままに唐津の今昔について、画像を交えて綴っています。お付き合いいただければ嬉しく思います。
お城海岸クス


青葉の唐津城(5月)

唐津藩は肥前名護屋に近く朝鮮とのかかわりが色濃い歴史の流れがあります。藩主家だけでも、豊臣秀吉に重用された寺沢広高から始まり、小笠原家まで6代入れ替わり唐津市民の祖先もかなりの人種が雑多に入り組んで文化形成がなされてきたと思われます。この点は同じ佐賀県でも鍋島家1代で栄えた佐賀藩とはかなり文化の違いを今でも感じるところがあります。唐津藩藩主で日本史の教科書に出てくるのは5代目の水野家藩主水野忠邦くらいしか記憶にありません。学んだ時も筆者は忠邦が天保の改革を行ったくらいしか知識がなく地元唐津藩主だったとは知りませんでした。
2018年4月から文献などを読みながらポチポチやっていきます。

テーマ : 九州のんびり旅情報
ジャンル : 地域情報

たなべクリニック 

唐津にfeelというフリーペーパーがあります。何気なく見ていましたら坊主町の辰野金吾の生家近くにある「たなべクリニック」という子供のころからその前を通っていましたクリニックン記事があり興味深く読みました。記事によると3代続いて今年100周年だそうで誠におめでたいと同時に、近年都市部を中心に産科減少の折、頭が下がります。記事の写真を見るとスタッフの皆さんが40数名いらして、想像以上に人手がかかるのだと再認識しました。
たなべ記事
唐津feel記事より

ということで久しぶりに付近を通り敷地建物も規模が大きくなって、入口も敷地が拡張された東側通り側に変わってました。
益々のご発展を祈っています。
たなべ東側
熊の原~北坊主町幹線道路側より


たなべ西側
従来からの西側道路側から

垣根 塀 いろいろ

唐津市内をうろうろしていると、やはり垣根や塀に目が行きます。 やっぱり唐津の文化なのか笹垣が多いのにこの街の特徴を感じます。 市も去年から笹垣を維持するための助成金を出したりしているようです。
さて突然ですがクイズです。下記3枚の写真の垣根の町名を当ててください。3問正解した方はかなりの唐津通です。


1.先ずは私の定番うずめ通笹垣

2.次は垣根ではないですが、近年リニューアルされた旧武家屋敷風の塀西城内塀

3.手入れの行き届いた笹垣 ちょっとムズイかもしれません。山下笹垣


さぁどうでしたでしょうか、たぶん唐津に縁のない方には退屈かと思いますのでスルーしてください。


正解は
1北城内 うずめ門近く
2西城内 曳山会館近く
3.山下町

です。

肥後堀と屋台

市役所の南側の一角に平成の初期にその一部が復元された「肥後掘」があります。
私が子供のころの昭和の時代にはここは更地で10台くらいの屋台が並んでいました。

肥後堀1

ある屋台の店主から、その屋台群が「肥後掘」復元に伴い市の方針により唐津駅近くの筑肥線高架下に移動したとの歴史を聞ききまして、昔の思い出がつながりました。
屋台1


今は曳山の台数に合わせて14軒のカプセル風の区割りでシャッターに各町の曳山が描かれて市民や観光客の夜の憩いの場所が引き継がれています。

屋台2

肥前国唐津城廻絵図

国立公文書館のデジタルアーカイブに肥前国唐津城廻絵図があります。正保年間に作成されたそうで、これを見ると江戸時代の唐津の町割りが良くわかります。
容量の関係でうまくUPできませんので興味ある方は、公開されている下記URLをご覧ください。
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/pickup/view/detail/detailArchives
/0305000000_8/0000000469/00



唐津城廻り絵図
肥前国唐津城廻絵図 部分画像

よくみると城内・町内ともに堀囲いがあり、東西南北の門配置があり外敵からの備えを感じます。
又町名も現在も使われている町名(呉服町、本町など)も多く見受けられます。

旧高取別邸土塀

昔と変わらない土塀が、唐津神社北側の旧高取別邸の土塀です。今は駐車場と昨年移設完了した旧大島邸があります。
大島邸は西側約500mの現在大志小学校の敷地から昨年移設工事が終わりここに保存されています。
その他のスペースは唐津神社参拝など目的の駐車場となっています。ここも昔は樹木が多かったですが緑が少なくなり残念ですね。これだけの規模で土塀が残っているのは唐津ではここだけだと思います。

旧高取別邸通り壁


旧高取壁橋
補修前で土塀の構造が確認できて、どうやって作ったか分かり興味深いです。

大島邸看板
旧大島邸の案内看板    旧大島邸については後日アップしたいと思っています。

峠の喫茶店

今日の新聞に唐津の神田(こうだ)地区に37年続く喫茶店があるそうです。 散歩コースの範囲外で存在を知りませんでした。昔は町中にもコーヒー店があったように思いますが子供のころはコーヒーに縁がないので記憶が定かでないですが。記事によりますと夫婦で20代のころからやっておられるそうです。先ず唐津地区で37年継続されているのに敬服します、文面だと常連さんが多い様ですが暖かい交流があるとのこと。機会があれば一度行ってみようと思います。



峠の喫茶店
2018年5月9日 朝日新聞 佐賀地方版より

 春の例大祭 &やきもん祭り

GWが始まって、唐津神社の春の例大祭と唐津やきもん祭りが行われています。
4月29日好天に恵まれ、曳山も市民会館前に勢ぞろい。

例大祭曳山

一方呉服町あたりを中心に、いろんな窯元からやきもんの即売店舗がそろい、結構な人が集まりました。
焼き物祭り看板


やきものも色々あると、いろいろ迷ってしまいます。
焼き物祭り呉服町

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いつの間にかなくなった建物

街を歩いていると、狭い唐津の旧市街地でも、スクラップビルトの変化はあります。
その1 旧寿屋→トライアル 解体
 Uターンしてから同じものなら価格が安いのでお世話になったスーパーTRIAL、何かと買い物に利用していましたが
 昨年夏に閉鎖どうなるのかと思っていたが、解体が始まりその流れで新築工事が始まる模様、どんな建物になるか?
 たぶんテナントビルと予想しています。
旧とらいある



その2 回転すし屋さん
旧市街駅回りで唯一あった回転すしやさんが突然連休前に解体された、1日で景色が変わりビックリ。
残念です。今後回転すし食べるときは鏡のバイパスまで車で行くことになります。
kaitennsusi



その3 唐津市役所
市役所建設工事が始まった模様です。
想像するに①東側の憩いの緑地を更地にして駐車場にする(いまその工事中=画像)
②西側現在の駐車場に本庁建設
③現在の本庁解体後同場所に②から継続して建設工事
と想像しますが一時的に職員や図書類の移動をどうするか、仮設 にするのかよくわからないですがヤジ馬的にお手並み拝見です。

siyakusyo.jpg
東側の旧緑地を整地がぼ完了



明治維新と唐津

最近唐津市が作成した「明治維新と唐津」という動画が公開されています。
高橋是清さんがタイムスリップで案内役で始まり、最後の徳川家老中となった小笠原長行さんを軸に物語は展開します。

幕末から九州で唯一?の代々譜代藩主の唐津藩が最後まで德川方で第二次長州征伐や戊辰戦争から箱館で新選組としてまで新政府軍と戦ってバリバリの徳川方で、維新後の立場の悪い唐津藩がどう立ち回って最後は唐津市として復活したか、キーワードは何かわかりやすい動画になっています。
特に幕末から明治維新にかけての唐津は興味深く、色々書物を見てみようと思ってます。


プロフィール

ヨシ

Author:ヨシ
唐津の街歩きの何気ない日常写真をちょっとコメントを入れて
掲載しています。

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